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494: 出川哲朗 ◆gc/JX/GnzA 2012/12/19(水) 13:58:07.07 ID:0lJd6fel0
1986年12月。
クリスマスを1週間後に控えていた。
幹線道路沿いのコンビニの駐車場だ。

俺は転がされていた。
痛みはあるはずだが、コンクリートと外気の冷たさの実感の方が強かった。

タイマンなら負ける気はしない。
相手の年が上だろうが、中学生ならばだ。
今日、のされたのは、3人だったからだ。

10分ほど前、2つ上の先輩から電話があった。
中学1年の俺には、中3の女も大人に見えたものだ。

「今、何してんの?」
「別に何もしてないっすけど」
「なら、隣駅のデパート行かない? 買物付き合ってくれると嬉しいんだけど。ごはん、奢るからさ」

最近、学校でよく話しかけられるな、とは思っていた。
そこそこ美人と言われている先輩だった。
軽いだの、ヤリマンだの、という噂も聞いたことがある。

俺のツレたちはよく女の話をしていたが、女と遊ぶ面白さというのがいまひとつ想像できなかった。
何を喋るんのだろうか?
女と付き合ったこともなければ、2人で出かけたこともない。
メシを奢ってくれるなら、試してみるか、という気にはなっていた。
1時間後に駅で落ち合うことになり、俺は着替えを済ませて家を出た。

495: 出川哲朗 ◆gc/JX/GnzA 2012/12/19(水) 13:58:37.76 ID:0lJd6fel0
駅に向かう途中で、隣の中学の1コ上の奴らと出っくわした。
先輩同士がモメているのは知っていた。
いきなり囲まれて、肩を掴まれた。

喧嘩はすぐに始まった。

殴る順番を間違えた。
一番強い奴を先にやるべきだった。
頭数を減らすことばかりを考えて、ガタイの小さいのを最初の的にしてしまった。

残りの1人に羽交い絞めにされて、もう1人にタコ殴りにされた。

約束というものが重い。
相手が誰であっても、駅に行くと約束をしてしまっている。

それでも絡まれた相手から逃げ出してまで、約束を優先させるほど、人間が出来ていない。

痛みにも耐えられる。
負けてもいい。
自分が誰よりも強いなんてことは思っていない。
ツレのあいつらとガチでやって、勝てるかどうかは分からない。

ただ、喧嘩には、負け方というものがある。
そこから外れなければ、いいだけだ。

顔面と頭をブロックしながら、しばらく蹴られたままになっていた。
足を掴んで転がそうとしたが、うまくいかない。
俺は近いうちにこいつらを探し出す。
必ず後悔させてやる。
歯ぎしりしながらそう考えている間も、それでも時間が気になって仕方なかった。

ダメージはかなりある。
ここから走っても、かなり遅れるはずだ。
そして、走れるのか?
リンチはしばらく続きそうだ。
時間が過ぎていく。

その時、甲高いエンジン音が間近に迫ってきて、止まった。

496: 出川哲朗 ◆gc/JX/GnzA 2012/12/19(水) 13:59:16.89 ID:0lJd6fel0
「何してんだよ」

単車から降りてきた黒い上下のツナギの男がみえた。
族車仕様だ。

3人組は俺を蹴るのをやめて、ツナギに向き合った。
明らかに委縮している。

「お前ら、志木中か? 何、ダセーことやってんだよ」

このツナギの男は高校生くらいだろうか?
俺には大人にしか見えない。
雰囲気がある男だった。

「すんません、コイツが生意気だったもんで」

いきなり肩を掴んでおいて、生意気もへったくれもあるか。
3人で1人をリンチにかけるような奴らだ。
ツナギの男が普通じゃないのはすぐに分かったのだろう。

「行けよ、お前ら。もう終わってんじゃねーか。おい、そこの、大丈夫か?」

3人組は「失礼しました」と早口で挨拶して去って行った。

498: 出川哲朗 ◆gc/JX/GnzA 2012/12/19(水) 13:59:52.63 ID:0lJd6fel0
「おい、大丈夫か?って訊いてんだよ」

「別に助けてくれとか、頼んでねーけど」

ありがとうございますと言ったら、何かに負けるような気がして、どうしても口に出せなかった。

「ボロボロになってて、よく言うぜ」

ツナギが笑った。

「放っておいてくれねーか」

俺は足を引きずりながら、駅に向かって歩き始めた。
時計をみる。
もう5分も遅れてる。ここからさらに15分はかかる。
この怪我だと、30分以上遅れるかもしれない。

「どこ行くんだよ?」

「駅」

「乗ってけよ。なんか、急いでんだろ?」

「大丈夫っす」

「じゃあよ、バイトさせろや。100円出せ。それで、タクやってやんよ」

本当は有難かった。

499: 出川哲朗 ◆gc/JX/GnzA 2012/12/19(水) 14:03:34.95 ID:0lJd6fel0
俺は黙って100円を出した。

「乗れ」

自分のメットを俺に渡してくれた。

「いい音すっだろ?」
「はい」
「駅で女でも待ってんのか?」
「ええ、まぁ」
「お前、いくつ?」
「中1っす」
「マセてんなぁ。にしても、お前さ、女と会う前に喧嘩すんなよ。次からタイミング選べよ」

ツナギと俺は、信号待ちの合間合間に話をした。

駅にはすぐに着いた。
ロータリーで降ろしてもらった。

「あいつら、志木中のガキどもだろ。集会で顔を見たことあったぞ。中1の癖に年上の3人相手にイモ引かねーとか、根性あるな。お前、名前は?」

501: 出川哲朗 ◆gc/JX/GnzA 2012/12/19(水) 14:08:13.76 ID:0lJd6fel0
「バラ中の真田っす。今日、世話んなりました。ありがとうございます」
「100円でも、お前は俺の客だ。ま、名前覚えておくわ。なんかあったら、俺の名前使っていいぞ」

男が口にした名前のは、このあたりの族の特攻隊長のものだった。
さすがにたじろぐ気分に襲われた。

「その単車、なんて名前ですか?」
「アウトバーンの直管入れたCBXだ。渋いべ。真田、お前らも走りやるなら、これにしておけ」

駅で待っていた女の先輩がこちらに気づいて歩いてきた。

「じゃあな。楽しめよ」

ツナギは単車に乗り込み、空ぶかしをして、走り出した。
約束には10分程度しか遅れずに済んだ。

「遅いー、ってか顔に傷あるけど、また喧嘩か?」

学校で会うよりも、甘えた口調になっている。

「買い物の前に、うち寄りな。手当してあげるよ。近いし、今は親いねーから」

服の裾を掴まれた。
女の話に適当に相槌を打ちながら、俺は遠ざかるCBXのエンジン音をずっと聴いていた。

この日の夜中。
18歳の誕生日を迎えたツナギの男の引退式が行われたことを、俺が知ったのはしばらく後になってからだった。

●●●番外編終わり(番外編は90%くらい創作)