最初から読む方は↓
442: 出川哲朗 ◆gc/JX/GnzA 2012/12/17(月) 18:37:38.19 ID:RIYGOTSx0
何がなんだか分からなかった。
人の邪魔にならないように気をつけながら、俺はグラスに氷と水を入れ、トレーに乗せて、ホールを歩き回った。

100人は軽く入れる大箱である。

女子大生バイトのフリフリ制服やらを楽しむ余裕もなかった。
キレイな人もいたが、それは後でゆっくり「料理www」することにして、目の前の仕事に没頭した。
先輩や社員さんを紹介もされたが、慌ただしい中でマネージャーが擦れ違い様に「出川君が入ったよ。よろしく」と声をかけるという簡単なものだ。
なんという横着な紹介の仕方だろうか!
誰が誰だかも分からない。

とにかく、客のテーブルを見て、残り少なくなったお冷を代える。

2時間が経過していた。

真田もホールだったが、デザートをデコレートしたり、裏に回って生ビールを持ってきたり、忙しそうにしている。


         ____
       /      \
     /  _ノ  ヽ、_  \
    /  o゚⌒   ⌒゚o  \   お冷代えるだけのお仕事は飽きたんだお
    |     (__人__)    |  ビールとか料理とか運んでみたいんだお。
    \     ` ⌒´     /


とは思ったが、初日だから仕方ない。

443: 出川哲朗 ◆gc/JX/GnzA 2012/12/17(月) 18:45:02.77 ID:RIYGOTSx0
面接は簡単なものだった。
真田からここで待てと言われた更衣室件事務所で待っていると、店長とマネージャーがやってきた。

俺はおずおずと「よろしくお願いします」とだけ言って、萩原欣一に似た店長に履歴書を出した。
欣ちゃんに似てはいるが、ひょうきんな感じではない。

均ちゃん店長はチラっと書類に視線を落とすと、すぐに頭をあげた。

「家が近いね」

学校のことも訊かれなければ、家庭や志望動機も質問されなかった。

確かに、高校生のアルバイトにスペックなどは関係ない。
家が近ければ長続きしそうだと予想するし、変な辞め方もしづらい。
見るべきポイントはそんなものだろう。

444: 出川哲朗 ◆gc/JX/GnzA 2012/12/17(月) 18:45:33.07 ID:RIYGOTSx0
「時給は750円。頑張れば、半年ごとに見直し。けっこう上がるよ」

均ちゃんは上がるよ、と言った時に、少し気持ち悪い顔で笑った。

「じゃあ、採用だから、これからよろしく」

早えーな、おい。
ってか、俺に【選択肢】はねーのか?
ま、高校生のバイトなんてこんなもんか。
店も人が足りなくて困っていた。
この頃、バブルだったんで、人手がどこも不足していたのだ。

「あ、はい。頑張ります!」

「真田君がよくやってくれてるし、彼の紹介だから。それに、出川君だっけ? 君、真面目そうだしね」

「ありがとうございます」

「早く慣れて欲しいんだ、今日からいける?」

「いけます」

とにかく人生をかけている俺は、即断即決で進めていくことにしていた。

1時間ほど研修用のビデオを見せられる。
お辞儀の角度や、あいさつの仕方、などであった。

俺は真田の顔を潰すわけにはいかない。
俺はとてつもない集中力でメモを取りながらビデオを観た。

終わる頃に森進一に似たマネージャーが現れて、制服を貸してくれた。

「最初はなんだか分からないと思うから」

すでに、ぜんぜん分かってません・・・

「お冷代えて」

「はい」

それくらいなら、出来そうだけど、いきなりっすか?

445: 出川哲朗 ◆gc/JX/GnzA 2012/12/17(月) 18:46:49.96 ID:RIYGOTSx0
「コーヒーのお替りもあるけど、これはまだいいや。コーヒーはお替り自由だけど、紅茶は違うからさ」

「ビデオにあったので、それくらいなら、なんとか出来ると思います」

「うん、慣れだから、慣れ。あと、あいさつしっかりな」

「はい」

意外なことに、俺は年上の人間は話をすることは、それほど苦手ではないようだった。
均ちゃん店長も、森マネージャーも普通に喋れる。

真田の先輩しかり、バイトの店長しかり、敬語ならばスラスラ出てくる。

お客にも「ウエイターがお客と接する姿勢」に徹してしまえば、どうということはない。

おそらく、俺のコミュ障は、チンケな自我が様々なブレーキをかけた結果、相手がタメ年の場合、強く出るようだった。

もちろんそうは言っても、コミュニケーション能力が高い、というわけでなく平均よりはかなり下だろう。
うまく笑えないし、思ったことがスラスラ口に出るわけでもない。

それでも、タメ年よりは、年上やあるいはバイトの先輩、お客といった相手には「あうあう」が発動することはない。

やっていける。
俺はファミレスでやっていけるかもしれない。

449: 出川哲朗 ◆gc/JX/GnzA 2012/12/17(月) 18:58:11.01 ID:RIYGOTSx0
よく引用されるレンガ職人の話がある。

レンガを積んでいる3人のそばを、旅人が通りかかる。
その3人に「あなたは何をしているのですか?」と声をかける。

1人目は「私は親方の命令でレンガを積んでるんだよ。見ればわかるだろ」

2人目は「私はレンガを積んで塀(へい)を造っているのです」

3人目は「私はレンガを積んで学校を造っています、そして子供達が勉強できる施設を多く造ってあげたいのです。子供たちが喜んで勉強する姿が見えるのです」

俺にとってのバイトも単なるバイトではない。

金を得ることで母親の心配を減らし、俺は経済的に自立する第一歩を踏み出す。
それは、何者にも突き崩すことができない経済的基盤を将来作るための基礎工事だ。

そして、真田と仲良くなることで、俺は学園生活を乗り切る。
仕事の手を抜けば紹介した真田の顔が潰れる。
シフトが俺の言うとおりになるほどの信頼を勝ち取れば、真田とズラして彼をさらにヘルプもできる。

DQNにとって殴り合いが闘いならば、俺にとってはファミレスで命がけで働くことが闘いなのだ。

俺は学業を捨てたが、生きることは捨ててない。
あいつらが、カリカリと鉛筆を走らせて、大学で合コンをやっている間、俺は稼ぐし、技能を磨く。

452: 名も無き被検体774号+ 2012/12/17(月) 19:10:14.87 ID:RIYGOTSx0
バイトが終わると、4時間立ちっぱなしだったため、足が棒のようになっていた。
感覚が鈍い。
3日もすれば慣れるわけだが、そんなことを知らない俺は

「こんな重労働がこの世にあるのか?」

とは思った。
とはいえ、イジメや経済的な不安に比べればなんでもない。

そして、ファミレスのバイトはメシが出る。
もちろん、無料だ。

メニューにあるものではない。
その日の厨房担当が、有り合わせで作ってくれる。

453: 出川哲朗 ◆gc/JX/GnzA 2012/12/17(月) 19:10:56.69 ID:RIYGOTSx0
同じ時刻にアガリとなった真田と一緒がトレーに抱えて俺の分の賄(まかない)も持ってきてくれた。

から揚げとクリームコロッケとサラダが盛られた皿。
スープはポタージュを一杯つけてもらえる。
ライスはお替り自由だから、山盛りになっていた。

コロッケは少し冷めていたが、メシが温かいから、気にならなかった。
調味料も豊富にそろっている。

真田はから揚げを口に入れると、メシを頬張った。

真田「腹減ってっから旨ぇな」

俺「うん、旨い」

ほんとに旨かった。
有り合わせとはいえ、ファミレスで客に出すものが元になっている。
不味い訳がない。

俺は覚えたての「お冷」を披露しようと、自分と真田の分のお冷を持ってきた。

真田「悪りーな」

二人ともキレイに食べ終え、ゴクゴクと水を飲んだ。

真田「片付けは、俺やるわ」

真田という男は、やっぱりフェアな奴だ。
俺を使い走りにすることだって簡単だろうに。

感想文のお礼に学食をふるまってくれる。
水を持ってくれば、食器を下げる役は自分がやる。

真田が厨房で先輩たちと話をしている間に着替えを済ませた。

454: 出川哲朗 ◆gc/JX/GnzA 2012/12/17(月) 19:11:51.05 ID:RIYGOTSx0
真田の家は駅から電車に乗り3つほど行ったところだ。

ファミレスから俺の家までは歩いて5分ちょっと。
公団から駅までがさらに10分弱。

少し遠回りになるが、ファミレスと駅の間が俺の住む公団となるため、途中まで一緒に帰ることになった。

真田「疲れただろ?」

俺「足が、ね」

俺は夕方の喧嘩の話になるかと思ったが、真田にとっては、どうでもいいことらしい。
ファミレスに向かう時も、そして帰りも別に話題にはしない。

クラスの真田を見ていると、無口で無愛想というイメージしかないが、ファミレスでは笑顔を見せるし、仕事で必要というのもあるが、他のスタッフともよく喋っている。

455: 出川哲朗 ◆gc/JX/GnzA 2012/12/17(月) 19:14:13.60 ID:RIYGOTSx0
真田「すぐ、慣れっから。にしても、出川が来てくれて、助かったわ。店長も他のスタッフも期待してっからよ」

俺「早く、仕事を覚えるよ」

真田「出川は俺と違って勉強できっから、すぐ覚えるべ」

あんたが想像してる以上に頑張りますけどね!

俺「そういえば、夕方の喧嘩、凄かったね」

俺は喧嘩の話に興味があった。

真田「ん? あれか。
年下の真面目な生徒をカツアゲとか、まじクズだろ。
ま、しばらく、このあたりは来ねーだろけどな」

俺「来たら、またシメるの?」

シメるとか、覚えたての言葉を使ってみる俺。
あひゃ。

真田「そりゃ、ないな」

意外な答えだった。
今度は手加減しねーぞとクンロクかましたのは真田である。

俺「なんで?」

真田「顔、忘れたし(笑)」

凄いわね、あんたってば・・・

たしかに、真田が来てからの奴らは丸まってる時間の方が長かった。
顔も血まみれで変形してたし、確かに原型は覚えていないかもしれない。

真田「まぁよ、喧嘩なんかしねーに越したことねーよ。
でも、俺りゃ馬鹿だから、すぐ手が出んだよ」

真田が馬鹿とは思えない。
勉強うんぬんの話ではなく、話をしていれば、潜在的な知能は分かるものだ。
ダンカンは相当低い。
前田も高くない。
残念ながら、石橋は頭が悪くない。

456: 出川哲朗 ◆gc/JX/GnzA 2012/12/17(月) 19:18:30.73 ID:RIYGOTSx0
俺「いいじゃん、強いって。
俺なんか、足が震えて、自分でも情けなかったよ」

真田「出川は別に喧嘩強くなくていいだろ。
勉強できっし。そっちの方が社会で役に立つと思うぞ」

真田は本気でそう思っている節がある。
中学でDQNを極めた真田にしてみれば、見るべきものはすでに社会ということなのだろう。
学校でも、DQN的政治にはまったく興味がなさそうである。

俺はよく分からない。

分かっていることは、真田はカッコ良くて、俺はダサいということだけだ。
それでも、真田と歩いていると、自分もなんだかカッコ良くなれたような気がした。

外は暗い。このあたりは街灯も少ない。
静かだった。

歩く度に、真田の皮ジャンの鎖が金属音を出していた。

今日、真田の喧嘩を間近で見たことは、この先の俺にとって良い指針になる。

というのも、他の喧嘩と比較することで、真田の格の違い、というのがよく分かったからだ。

ほどなくして、俺は石橋のタイマンに立ち会い、石橋の喧嘩を間近で見ることになる。

457: 出川哲朗 ◆gc/JX/GnzA 2012/12/17(月) 19:21:22.75 ID:RIYGOTSx0
おまいら、今日もありまと。

まじ、師走。

余裕できるまで、空いた時間は「このスレの本筋の話進める」だけにしておくー。
レス、年末にまとめてさせてくれ。

これからも唐突に表れて、突然去ると思うが、ちゃんと完結させるんで、飽きてない奴、付き合え、ください。